昭和五十六年七月十八日 朝の御理解


信心乃心得
一・信心してまめで家業を勤めよ 君の為なり国の為なり


 二、三日前にビリグイから若先生宛に長々と手紙が参りました中に、生き生きとビリグイ教会の発展の模様や、分教会でありますロンドニア教会、サントマーロ教会のご比礼の模様も書いております中に、こちらに初めて雪が降ったというあちら丁度冬でございますからね、ここは夏期信行しとりますけれども、あちらでは寒中修行があっておるわけです。
 その中に信行の中にありませんけれども、ここの交通祈願の大祭、悪疫予防の祈願大祭がありましたその祈願大祭を奉仕させて頂きました中に、今度はそれにもうひとつ家内(やのうち)安全祈願という名目をひとつ加えたということを書いてございました。
 家内安全祈願、もうあちらには大変な泥棒が多いそうですね。もうそれこそもう泥棒が横行してまあ悩まされておる国柄らしんですよね。ブラジルというところは。まぁそれでもあちらビリグイあたりではよい方で、もう他の州ではもっともっとひどい所があるらしいんです。
 そこでその家内安全と、家の中に安全の祈願というね、そこそこで私はまぁ今日の御理解を聞くと君の為なり国の為なりとこうある。その地方地方の為に祈る。為に思うと云うことが私は大切だと思いますね。勿論交通安全でも沢山な評判になりましてね、その皆お祓いを受けに来ると同時に今度は、家内その安全と云うことでまあ云うならば泥棒が入らんようにというために、云うならそれが受けて大変盛大なお祭りが出けたというのでね。
 今度の手紙に書いてありましたが、親先生私はこちらへ参りますときに、先ずブラジル国の繁栄を願えとビリグイ市の発展を願えと頂いておりましたが、今日今までは、とにかく、まあ何ですかね、州が幾つもありますが、その州がまあ日本よりちょっと広いくらいのが幾つもあるんですよね。あちらはサンパウロ州でしょうかね、その各州にその勿論そう、沢山出けておるわけじゃないのだけれども、不思議にどこの州にでもビリグイに参拝してくる縁がでけていくと云うおかげを頂いていると云うております。
 親先生の祈りが云うならば南米ブラジル国の隅々まで行き渡ったという云う意味の事を云うておりますね。不思議に云うならここでもそうでしょう。なら九州中で、そりゃその宮崎のように合楽の信者が多いところでおっても、そりゃほんの僅かな事ですけれども、九州の各県にやはり支部があったり、信者さん方がおると云うことなんです。そういう意味でしょう。各州にそのそういう働きが起こっておりますとこういうておる。大した事ですよね。ブラジルのような広い所で各州のまあ思いがけない信者がでけておるというのであります。まずは私共が信心さして頂いてね、本当にせめて自分の地方だけ位は自分の信心によって潤うくらいの祈り願いを持たねばいけません。
 この御神訓はもし教典が今度替わるなら、この御理解は一番口にとりのぞかれるんだそうですね。君のためてん国の為てんなんてんそういうもう思想がいけないんだと云うわけですよ。そんなことはないと思うね。自分の住んでいる地方、自分の住んでいる国が、発展する事を願おうというのに。君のためならと云うことはここでは天皇陛下のため、なら天皇陛下の為鋸とを願って何が悪いのであろう。君の長(おさ)である所の天皇陛下のお心ひとつで云うならばね、ああ云う惨めな負け方はしましたけれども、おかげで日本が残っとるじゃないかと、だから君のためを祈り願って何が悪いかと私は思うんですけれどもね、そういう事はもうあんまり、もう流行らんちゅうわけですよね。天皇陛下のためとか国の為とかちゅうのは言葉すらがまあ流行らんと云うわけですけれども、私は今日の御理解を頂きますとです、その地方地方にあって、その地方の発展を祈ることが信心してとかあるんです信心。ただ思うたり願ったりと云うのじゃいかんけれども、信心さして頂く者の信心によって自分の力ではない神様の働きを以て、なら南米じゃない、ブラジルじゃないけれども各州にそういう、いう祈りが届いていくところに、そういう働きもおこってくるのである。
 私はその事を、こりゃもう十数年も前の事でしたけれども、まあそんな話を聞きましてね、もうこの教典の中のこの御教えというものは、いわば今の時代にピタッと来ないと云うのがいくつかあるんだそうですこの中に。そげんは取りのぞかにゃいかんと云うような話がおこった時に、私が神様にお願いしとりましたら「君の為なり君の為なり」と頂いたんです。それは君とぼくとかと云うでしょう。あの君だ。だから天皇陛下のと云うことでいかんのなら、お前自身の為にと云うこと。
 なら私共の祈りがですね、村全体の事が願え、町全体の事が、日本国中の事が例えば祈られるという、そういう祈りの大きな祈りがでけるということは、あなたの心の云うなら、大きゅうなっておる状態ですから、云うなら祈っておる者の自信の為に、有り難い事でしょうがね。こりゃかみさま、こう何ちいうでしょうかね、まあこう皮肉というかね、君の為がいかんなら君の為にしたらええんじゃないかね。天皇陛下のためというのがいかんなら、お前自身の為にやはり国の為に、願わなきゃいけんぞ、君の為に祈らなければいけないぞと。私その末永先生の手紙を見てです、本当に有り難いことだなぁ、祈りがそういう風に大きくなっていっておるね、私共の信心はしておりますが、私共の信心が育っていっておるというけれどもね、ただ自身一家の事だけに留まっておる事じゃなくてね、国の為にもういうならば、君の為にも祈らなければいけないと云うことですね。
                              どうぞ